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東京高等裁判所 昭和30年(く)8号 決定

本籍 群馬県○○郡○○村大字○○○○番地

住居 ○○少年学院在院中

農業 K 昭和十年一月十三日生

抗告人 附添人

主文

原決定を取り消す。

本件を前橋家庭裁判所に差し戻す。

理由

本件抗告理由の要旨は、第一、原決定は、○佐○き○江及び○面○美○に対する各強姦未遂の事実を認定しているが、これは、原審が審理不尽の結果Kが拘留による心身の圧迫に基き取調係警官の誘導に迎合してなした虚偽の自白を基礎としたものであつて、右認定は、重大な事実の誤認である。第二、右Kの家庭は、両親は健在であり中流以上の真面目な農家であり同人の保護監督に欠けるところはない、又居村を挙げて同人のため将来の善導に努力せんとその決意を表明している。本件においても専門家である調査官は、保護観察所の保護観察に付する処分をもつて同人を処置するを相当とする旨の意見を述べている。然るに原審はこれらの情状を無視して同人が成年に達する三日前に本件決定をなしているがこれは、全くその処分が著しく不当であるというにある。

よつて先ず第一点につき按ずるに、記録に現われた諸般の証拠及び当審において事実の取調としてした証人○面○美○、同○山○く○の各尋問の結果等を参酌考量すれば、原決定の認定したとおりの二個の強姦未遂の事実を肯認するに十分であつて、原決定には何ら重大な事実の誤認は存しないものといわなければならない。尤も附添人が抗告状に添付した証言書と題する千本木秀夫作成名義の書面、いずれも証明書と題する千本木守民、○佐○き○江、○面○美○各作成名義の書面の各記載内容及びKの原審における供述等によれば、前記強姦未遂の事実は全く存せざる如くであるけれども、これらは前掲各証拠に比照するときは輙く措信し難いものである。なお、右Kが取調係警官の取調に当りその誘導に迎合して虚偽の自白をしたとの事実は、記録上これを肯認するに足りる確証は存しない。結局原審の事実認定には所論のような過誤は全く存しないからこの点の論旨は理由がない。

次に第二点について按ずるにKの本件所為は、幸いにして未遂に終つたものの、その責任は重大であり将来自戒自粛再びかゝる非行を繰り返さないよう努力しなければならないこと勿論であるが、所論を参酌して記録を精査しこれに当審で事実の取調としてした各証人尋問の結果等を総合考量するときは、右Kの所為は、居村青年男女の娯楽として開催せられた映画会終了後飮酒したりして相互の精神状態が興奮し道義を辨える心もゆるんだ折になされたものであり、同人の性格も未だ必ずしも不良性の甚しいものとは認められない点、被害者側においても右Kの改悛を期待するも特にこの際厳重な処罰をのぞむ意思はなく告訴等の処置にも出でていない点、右Kの家庭その他居村の環境としても決して同人の保護監督する能力に欠けるものでなく、むしろ同人を家庭に戻し保護監督することが本人は勿論関係者の相互間においても円満な解決となることが推察される点、本件の送致検察官である前橋地方検察庁検事本位田昇の処遇意見竝びに原審における本件係調査官である調査官補福良郁三の意見は、ともに少年法第二十四条第一項第一号による保護観察に付する処分を適当とするという意見であつた点等を認めることができる。そこでこれ等の点その他諸般の事情を彼此参酌して考察するときは、右Kを中等少年院に送致する原決定は、同人を改過遷善せしめるに最も適当な処置とは認められない。すなわち同人をして家庭において両親の保護監督の下に保護観察に付するか、或は原決定後僅かに三日にして右Kは、成年に達する関係にあつたのであるから、その日を待つて家庭裁判所における少年法による処置ができない場合として原検察庁に逆送する処置を採ることが相当ではなかつたと思料されるのである。従つて原決定には少年法第三十二条にいわゆるその処分に著しい不当の存する場合に該当するものと考えられる。従つてこの点の論旨は理由がある。

よつて少年法第三十三条第二項少年審判規則第五十条に則り主文のとおり決定する。

(裁判長判事 工藤慎吉 判事 渡辺辰吉 判事 江崎太郎)

決定

本藉 群馬県○○郡○○村大字○○○○番地

住居 ○○少年学院在院中

農業 K 昭和十年一月十三日生

右の者に対する強姦未遂保護事件について昭和三十年一月十日前橋家庭裁判所において言い渡した決定に対して附添人丸山勇之助から適法な抗告の申立があり、これに対し当裁判所は、昭和三十年四月二十五日原決定を取り消し事件を前橋家庭裁判所に差し戻す旨の決定をしたので、更に少年法第三十六条少年審判規則第五十一条に従い次のとおり決定する。

主文

新潟少年学院長は、Kを前橋家庭裁判所に送致しなければならない。

昭和三十年四月二十五日

(東京高等裁判所第一刑事部裁判長 判事 工藤慎吉 判事 渡辺辰吉 判事 江崎太郎)

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